自分史　〜有田 卓也〜

1981年 兵庫県尼崎市に生まれる。
末っ子長男姉2人。両親と母方の祖父母、曾祖母(ひぃおばぁちゃん)と合計7人家族での生活。

ひぃおばぁちゃんは明治生まれ。自宅1階の一番奥の部屋で生活をしていて、私の記憶の限りでは、90幾つで晩年寝込むまでの間、食事から何から、自分のことは自分でしていた。
当時はそれが当たり前だったので、何も感じて無かったけど、今思うと、食事の好みやペースなど、その方がお互いに楽だったという背景もあるのかもしれないが、正直言って「凄いな」と思う。

一番奥の間で生活していたので「奥のおばぁちゃん」と呼んでいた。生活リズムは全く別々だったけど、私はちょくちょくと奧の間へ行って、奧のおばぁちゃんと関わっていた記憶がある。特に印象に残っているのは、按摩椅子に座ったおばぁちゃんの白髪の髪に、櫛を入れる事。本当にそういう事をしていたか、正直言って定かではないが、私の記憶の奥底にはそんなイメージが残っている。

今も年上の方々から可愛がって頂く事が多いが、曾祖母や祖父母と一緒に育ってきた環境も、少し影響しているのかもしれない。

小さいころはテレビっ子だったらしく「教育テレビ（今のEテレ）」が大のお気に入りだったそう。三つ子の魂ではないが、その傾向は暫く続き、小学時代も学年先取りでジャンル問わずに教育テレビに育ててもらった気がする。

曾祖母が亡くなったのは、私が小学4年か5年頃の夏休み。最期まで自宅療養で息を引き取った。
昔は当たり前だったのだろうが、当時ではもう自宅で葬儀をする家も少なかったと思う。
それでも、たぶん曾祖母の想いだったんだろう、祖父は自宅で葬儀を執り行った。自宅は私が3〜4才の頃に増改築していたが、元は平屋で奥行きのある家屋で、襖を取り除けば、表から裏まで完全にひと続きになる昔ながらの作りを残していたため、何とか会場としての体を成していた。

明治の人だから親戚連中も多い。女性陣が入れ替わり立ち替わり、お結びをこさえたり、忙しそうにしていたような記憶がある。

後日談だが、祖父も医者嫌いで、結局自宅で息を引き取る選択肢をとったのだが、流石に自宅での葬儀は大変だったのだろう。自分の娘には苦労をかけないように、ちゃんと自分の葬儀場の段取りなども全て整えていた。

ここでひとつ、私の人生観というか死生観の根っ子が少し芽生えている。
私の余生は「縁側でお茶」というキーワードがあるのだが、最期は自宅で迎えたいし、そこは縁側という日本家屋のイメージがある。
きっと、この時代の記憶が大いに影響しているものと思われる。

小学5年の時から、地元の学習塾に通うことになる。
自分では覚えて居ないが、母曰く私が自分から「行きたい」と言ったらしい。

この事実から推測してみると、恐らく当時から人づきあいが苦手は私は「友だちの輪」に入る術をしらず、何処かしら勝手な疎外感すら感じていて、周囲の子ども達が補習的に通い出した「学習塾」に自分も行きたい。そうすれば少しは輪に近づけると思ったか、もしくはそうしなければ、輪からどんどん遠ざかる、と思っていたのだろう。

つまり、私にとって「学習塾に通う」という積極的理由が皆無だったので、今になって思うと「え？自分から行きたいなんて言ったの？」と記憶がすっぽ抜けているのだ。

しかし、自分で言うのも何だが、子どもの頃（少なくとも高校中盤頃まで）は勉強に困ったことが無かった。

昔から知識欲が旺盛な「何故々々星人」。もちろん人に尋ねることも多かったけれで、何よりも自分で調べて納得しないと気が済まないタイプ。当時はまだインターネットなんて普及しておらず、百科事典がお友達。自宅に、父方の祖父の形見として百科事典があり、事ある毎に引っ張り出して眺めていた。

特に岩波の「科学の事典」は大のお気に入り。私にとって辞書や辞典は、英和や漢和なども含め、「調べるもの」ではなく「読むもの」であった。

そんな自分が入る事になったのは、「進学クラス」。中学受験をする予定も無いのに。
そして、もしも前述の意図で塾に入ったのだとすると、他の子達とは違うクラスだったのだから、甚だ意味不明な事になっている。

しかし、ここでの2年間は、間違い無く私の人生に、とても大きな影響を与えている。

お世辞にも学力レベルの高い地域ではない。中学受験をする子どももまだまだ少なかった。
進学クラスは当時3〜4人。この人数の少なさは全員の距離感を縮めたし、教師との距離も近かった。

夏休みなどは、朝から晩まで塾で過ごした。ある意味、学校では旨く馴染めなかった「友だちの輪」がここでは小さな輪として、自分を満たしていてくれたのかもしれない。

そして、何よりも塾長・西口賢治 との出逢いが大きかった。

彼は国語の教師だったが、国語の授業の内容はあまり覚えて居ない。それ以上に人として大事なことを沢山語ってくれていたように思う。

この当時に「器の話」も聞かされている。

なんでも「見てみよう、やってみよう、たべてみよう」

教材の題材で「窓際のとっとちゃん」が出てくれば、「海のものと山のもの」について、「でんぶ」って知ってる？と実際にでんぶを食べてみたり。
自分が美味しいお豆腐と出逢ったら「子ども達にもこの豆腐の豆の味を体験して欲しい」といって突然試食会が始まったり。サトウキビを初めて囓ったのも塾での授業だった。

少人数だったからこそ、課外授業と言う名のドライブにも行った。

一見ハチャメチャだけど、「自分が率先して楽しむ大人」として出逢った最初の人かもしれない。

さて、結局中学受験はせずに、予定通りに地元の公立中学に通うことになる。
そんなに裕福な家庭でもなかったので、当然の様に、公立高校に進学し、国公立大学へという風に考えていた。どちらかと言えば、私学に進学する方がいろいろ大変やん、くらいに思っていた節がある。

ところが、ある時突然、とんでもない選択肢が目の前に現れる。「国立高校への進学」

大教大付属池田

まぁ大阪では間違い無く、偏差値トップクラスの高校だと思う。
いや、、、確かに公立高校だけど、、、そして、過去に1名、この中学から進学した人が居たらしい噂も聞くけど、、、ここ、尼やで？ｗ

若干の無理さ加減を気にしながらも、塾長の期待もあったし、私も親も「まぁ、目指すのはタダやし。公立やし。」くらいの感じで軽く捉えていた。

しかし、多感な時期である。好きな女の子もいた。ただでさえ、人の輪からの疎外感(もちろん勝手な思い込みだが)を感じていた私は、ある時爆発することになる。

周りで何も考えず、楽しく遊んでいる友だちが羨ましかった。なんで俺だけ。
合格するかどうか分からない受験に対する不安・プレッシャーに押しつぶされそうだった。
逃げたかった。

当時は生徒会長をしていて「生徒会室」という恰好の逃げ場所があった。今だから懺悔するが、こっそりと合鍵を作り、朝登校したら生徒会室で過ごし、昼休みや放課後も入り浸りだった。

自分だけの空間。自分とわかり合える仲間とだけの空間。好きな子との時間。
不安からの逃避の場所。
勉強などに悩まされず、ずっとそこで過ごしていたかった。

ある日、私はとうとう塾へ行くことが出来なくなった。
塾へ行く、と家を出たものの、どうしても塾へ行けなかった。

常々塾長は「何か困ったことがあればいつでも連絡をしてきなさい」と言ってたのを思いだして、私は近所の公衆電話から塾に電話をした。

しかし、塾長は授業中で電話口には出なかった。私は「じゃぁ、いいです」と何も言えずに電話を切って、塾の終わる時間まで近所をブラブラとして時間を潰していた。

たぶん、記憶の中では塾をさぼったのはこの1回だけ。結局帰宅してすぐに、「塾を辞めたい」と親に申し出て、受験もやめて、普通の中学生活に戻った。

塾長からは、期待にがプレッシャーになっていたことに対する謝罪、頼ってくれた電話に出られなかった事への謝罪、などの言葉があったように思うが、違う。ただ、私が逃げたかっただけなのだ。

親も塾長も、よく分かってくれていた。私がどれだけ悩んで結果を出したかを。

だから、塾長から引き留めは一切無かった。ただひと言。

「いつでも戻っておいでね」と。

高校は結局地元の公立高校の中で、比較的進学率の高いクラスへ進学した。
自転車で片道小一時間（当時はぶっ飛ばせば30分ちょっとで着いたけど）。雨の日はバス通学だったりと、3年間よく通ったものだ。

このクラスは学年の中で1クラス設定された特殊なコースで、1クラスが故に3年間クラス替えが無い。40人近いクラスのウチ女子は9名だったと記憶している。所謂、理系男子のクラスで、市内全域から集まってくるので、人間関係はほぼゼロから構築。面倒だとも思うけど、やはりそこはあまり興味が湧かなくて、「来る者を選別し、去る者追わず」相変わらずの薄い人間関係での3年間だったように思う。

高校3年間で一番大きな出来事は「芦生」との出逢い。

京都府北桑田郡美山町芦生。現在は南丹市美山町芦生となっているが、京都大学農学部の演習林がある地だ。
化学の先生が京大農学部の出身で、数名の有志生徒を集めて、見学に行ったのが切っ掛けだった。

私は一瞬でこの森の虜になってしまった。

元々、両親がハイキングが趣味で、近所の六甲山脈を始め、年に一度はどこかにトレッキングを兼ねた旅行へ行ったり、トレッキングや森には縁のある方だったのだが、この森に残された、植生豊かな森、由良川の源流となる綺麗で豊かな水。道なき道を、地形図と川の流れを頼りに、分け入る緊張とワクワク。

学術面でも、ミズナラの実生の観察や、ナラタケの菌糸培養など、ちょっと普通の高校では出来ないような体験を、何度も芦生へ連れて行ってもらい、時には泊まり込みで夢中になって取り組んでいた。

化学室にも通いつめ、他の生徒がやらないような事も沢山教えて貰った。

この先生と出会ったから、芦生に魅せられ、バイオテクノロジーに興味を持ち、京大を目指してみたい、と思うようになった。

奇しくも中学時代に好きだった子も、農学に興味を持っていて、京大を目指していた。自分とは上手く行かなかったけど、正直忘れることが出来なくて、また大学で会えるかもしれない、とそんな淡い期待もあったと思う。

これまで、高校受験で逃げ出したとは言え、「勉強に困った」という経験は正直してこなかったが、ここに来て流石に行き詰まる。

物理が少し足を引っ張りだしたのと、英語が強烈に躓いた。

流石に京大を目指す上で、公立高校の勉強だけでは足りず、予備校や塾へ再び通い始めたのだが、レベルが違い過ぎた。
予備校では、人生で初めて、0点を取った。理系科目で0点は流石に堪えた。

それでも、今回はもう逃げ道は無かった。やるしか無かった。
自宅から通える範囲の国公立で、農学部がある大学は、片手で数えて指が余る程しか無かったし、「芦生」の存在が大きかった。

センター試験の結果は、「ギリギリ挑戦できる範囲か、ちょっと厳しいかも」という手応えだったが、行くしかなかった。

結果は撃沈。。。

正直焦った。
人生2度目の挫折。
そして襲い来る恐怖。

受験の練習と称して、私学を1つ受けて合格していたが、行くつもりもなかったし、学費的にも「行けない」と思っていた。もちろん、浪人なんてもってのほかだ。

国公立は前期・中期・後期の3回しかチャンスは無い。
そして後期試験の門はとても狭い。

つまり、前期で落ちた時点で、かなり絶望的だった。

志望校に落ちたことよりも、いきなり人生の選択肢が無くなって、どこに向かえばいいのか分からなくなったような感じだった。

こうなると、もう思考は大混乱だ。

・就職か？
・専門学校なら2年なので何とかなるか？
・働きながら浪人か？

こんな事を考えながら、後期の出願を決めなければならなかった。

奇跡的に後期で縁あって、大阪府立大学農学部に合格することができた。
記憶が確かなら、後期は募集定員10名ほどだったと思う。我ながらよく滑り込んだもんだ。

毎日1限から4限5限まである授業。毎日満員電車にすし詰めになり、1時間半の通学。

面白くも無い一般教養の嵐。
ただでさえ高校時代に少し苦手意識をもってしまった物理の波動が、何やら哲学的な難解な領域に突入。
外国語も躓き続けた。

第一志望に落ちて、妥協して入ったような感覚も拭いきれなかった。
大学に入ってからも、足繁く「芦生の森」へは通っていたが、それもまた、理想とのギャップを広げていった。
時には、本当に農学部に進む事が、自分の望みだったのだろうか？単にあの娘の面影を追いかけていただけじゃないのだろうか？とさえ思えてくる始末である。

次第に大学から足が遠のき、気付くと、2回生の夏には、そろそろ英語の単位がマズイ状況にまでなっていた。

もうひとつの事件としては、大学に入って暫くして、父が家を出て、両親が離婚した。

父とは似た者親子で、お互いにすぐ頭に血が上って、カッとなるタイプで、私は酒に溺れる父が嫌いだったし、険悪な状態が続いていた。
正直言って、居なくなってせいせいしたし、何も悪いことは無かったけれど、心の片隅で、「俺のせいで。。。」っていう感情もあった。

永年連れ添った夫と別れて、ある意味での安定が崩れる。別に嫌いなわけじゃなく、父と息子の関係を見たときに、別れた方が状況的に良いだろう、という選択をさせたことが、少し心苦しかった。

母としては、大学4年間の学費は心配しなくていい、という事だったが、私にとっては「4年は大丈夫、ということは修士は無いんだな」ということだった。もちろん働きながら自分で2年分の学費を貯めることも選択肢としてはあっただろうが、果たしてこのすし詰めの時間割の中でバイトで貯められるものなのか、という不安もあった。

時はすでに、2回生の夏。単位もマズイ。留年なんてもっての他だ。
ここはまた、逃げ出すチャンスかもしれない。
そんな考えがゼロだったと言えば、きっと嘘になるだろう。。。

ちょうどそんなとき、塾長から沖縄行きの誘いを受ける。
大学受験を見据えて、高校3年のタイミングで幾つかの講習で再び塾にお世話になっていた。
単に私と塾長の馬があったのか、それともいろいろと気にかけてくれていたのか、その後も現在に至るまでずっと可愛がっていただき、薫陶を受け続けている。

さて、2001年の夏。
初めての沖縄上陸。1週間の旅。

塾の経営者仲間の方のお家へ行ったり、塾長の師匠という方にお会いしたり、琉球泡ガラスの名工・稲嶺盛吉先生とお会いしたり、本当に盛りだくさんの出逢いを下さった度でしたが、その後も私が沖縄に通い続ける切っ掛けになるのが、「ペンションびせざき」とそのオーナー、クマさんとの出逢いでした。

カウンターの寿司席に、塾長と私と2人だけ。しかも夏。
後から知ることだが、本当は寿司席は11月〜4月。しかも4人以上でしか設定されない。
後にも先にも、こんな贅沢な時間を過ごしたのはこれが最初で最後だ。

ただただ強烈に覚えているのは、「なんじゃこりゃ？！ こんなハチャメチャな仕事ってあるのか。こんな楽しい寿司席があるのか」という衝撃だった。
奇しくも父も寿司を握っていた。だから、カウンターで食べる寿司には慣れていた。外食が少ない家庭だったということも影響するが、回転寿司を食べたのは大学に入って、姉に連れて行ってもらったのが初めてだった。

あまり、大将と会話が弾んで、楽しくて仕方無い、という寿司席はイメージがつかなかったし、多少は楽しく会話をすることがあったとしても、カウンターを挟んで、ゆうに3時間も4時間も話し続けるなんて事があるだろうか。

時に笑いあり、時に爆笑あり、時に真剣な話もあり。

自分の中で「働く」とか「仕事」という概念が、少し揺らいだ瞬間だった。
大学にいても詰まらない、いやむしろ行き詰まっている。この先大学を出て自分は何処へ向かうのか。漠然と理系の研究職に就く事を想像していたが、全然リアルなイメージができない。

一方でこの旅で、突如目の前に現れた、塾長の仲間や師匠という経営者、そしてクマさん。
「働く」って凄い事で、楽しい事かも知れない。
この詰まらない一般教養の地獄から逃げ出して、自分もそっちへ行きたい！

沖縄から戻って、夏休みの内に、大学を退学した。
もちろん、母は反対した。

「つまらない」が理由なら、きっとこの先も同じ事が起こるだろう、という意見だった。

流石母親だ。よく分かっている。
自分自身でも、最も気持ちが揺らいだ部分だ。「楽しそうな仕事がしたい。早く社会にでたい。やりたいことがある」のではなく「ココじゃ無い。詰まらないところから抜け出したい」という何となく逃げるイメージの方が強かったのだ。

もうひとつは学費の問題で、学士卒までは行けたとしても、修士にいけないなら、中途半端だし、中途半端で終わるくらいなら、今辞めちゃえば逆に2年半分の学費が浮くじゃないか。きっとこのまま4年通ったとしても、そこでまた修士に行けないことを理由にグズグズするだろうし、4年が無駄だったと後悔するとも思った。

母は最後まで反対したが、結局は私が言い出したら聞かないことも、よく分かっていたし、私の決断を承諾してくれた。

あの夏の沖縄との出逢い。クマさんとの出逢いがなければ、ひょっとしたらズルズルと4年間大学に通っていたのだろうか。（いや留年して、5年かもしれないな）

そう思うと、間違いなく、私の人生の舵が大きく切られた瞬間だったように思う。